2023年8月8日火曜日

マリヤム・トゥザニ「青いカフタンの仕立て屋」

 やわらかなカフタン用の青い布からやわらかそうな毛の生えた腕へ、というオープニングのシークエンスがまず印象的な「青いカフタンの仕立て屋」について、あらすじをまずは述べておこう。同性愛的指向を持つ仕立て屋のハリムの元に弟子入りしたユーセフ。あるとき、店を切り盛りしておりハリムの妻・ミナ(乳がんの予後が悪く弱っている)がピンクのサテンの布がなくなったといい、ユーセフを犯人扱いする。ユーセフは気にするそぶりもないどころかハリムに対して愛していると言うが、ハリムは応えずユーセフは店をやめる。ミナは日ごとに弱っていく中、サテンは自分が誤って返品していたことに気づくがユーセフにはそれを言えないでいる。1週間店が開いていないことに気づいたユーセフはハリムの元を訪れふたたび助手として働くようになり、ミナはサテンの件をようやく詫びることができ、自宅でハリムとユーセフは仕事をつづけていたが、ミナはついに亡くなり、ハリムは彼女に白衣ではなく彼女が「私も結婚式にこんな服を着たかった」と言っていたオーダー品のカフタンを着せて柩に載せ街を運ぶ――。

 本作をビシッと引き締めているのは、なんといってもミナ役のルブナ・アザバルのしっかりとしたまなざしではないだろうか。ハリムよりもユーセフよりも、断然決然としていて意志深く、客あしらいのうまさなどとも相俟って、いかにもミナを強い女として描くことに成功している。乳がんを患い弱って生きながらもジョークを忘れないなどというのは、まさにその好例だろう。そうして、そんなミナをどのようにとらえるかによって、実は本作の政治的な評価はけっこう揺らぐのではないか、と思う。

 私は本作のハリムとミナの関係を、当初は性などものともしない愛を築き上げてきた2人、というように看た。しかしそれをミナが果たして望んでいたのか? ということにまで考えをめぐらせると(ミナのほうからハリムを性的にと言っていいだろう愛撫するシーンがある)、これはきわめて独善的なゲイの物語になってしまいうるのではないか? それでも、ミナの何ひとつあきらめていないような強いまなざしと、ハリムのすべてをあきらめたようなまなざしを比較すると、どうしても当初の見方に戻ってしまう自分がいる。おそらく「それ以上」は表現されていない。そこをどこまで汲み取るのが観衆の作法なのか? 答えはまだ出ない。


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作品情報:マリヤム・トゥザニ『青いカフタンの仕立て屋』2022年